お便りコーナー


◎ 893 Hさん(女性)


 今日はメッセージをありがとうございました。
 ノートに書き写して色々考えました。
 ものすごく当たっています(*^_^*)

 数年前に先生方にご心配とご迷惑をおかけした錯乱状態みたいな時から、私の心は、いつも楽になりたい、心にバリアを張って、世界から自分を遮断して安らぎたいとばかり感じていました。
 また錯乱してご迷惑をおかけすることを恐れ、常に冷静でいよう一歩退いて距離をおこうと、恐れを感じながら冷静でいます。
 私はあの時に自分の愛する人への愛や感情を恐れのなかで封印というか麻痺させてしまったのですが、今になって甦ることがあります。
 自分のなかではそれにはあまり触れないでおこうと言う気持ちがあります。
 私はいつからか、私の生まれもった使命はなんだろう?と考えるようになりました。
 それはいつか愛する人と結ばれて幸せに生きたい(これも今の私の心では、周囲から遮断されていないかぎりは無理だなぁと感じる楽にならない心を治さないと無理みたいです)と願う私の人としての願いとはべつの、心の奥から不意に沸き起こる思いで、恵まれない方々の為に何かをしたかったり、いろいろな方の幸せを無性に祈りたかったり、そういう思いが生まれてきてしたかったことなのかと考えたりしました。
 今も毎月、給食支援をしたり、コンゴの女の子の支援や、国境をこえる医師団や、近所の児童福祉施設の支援や、井戸を提供したり、この一年で、自分の心が向くままにいろいろ活動したのですが、まだ自分の心の中で何かが足らないような気持ちになります。

 自分がどうしたいのかがよくわかっていなくて、ただ衝動のままに動いているからかもしれません。
 まだ、自分の中で何かバランスがとれてないひとつになってないような感じです。
 それから、おそらくもっと霊的に覚醒したい思いが本能であると思うのですが、それを心のどこかで、もう考えてはいけないと抑えつけている部分があるかもしれません。
 錯乱以来、醜い思い恐怖症も残っています。
 私は自分の醜い思いを見尽くしましたが、まだ、それが出て、見られることを恐れています。
 だからそういう世界を恐れているのです。
 不意にものすごいひどい思いが出て傷つけたらどうしようという恐れもあります。

 日常、人に対して、別にめちゃくちゃにひどいネガティブな思いを抱くのではないので、冷静に考えればそんなに恐れることもないのですが、慌てふためいて怯えてひどいことを考えてしまいそうなのを恐れています。
 これは自分でもよくわからない感覚です。
 それからまだ心も楽にならず壊れている気がします。

 だから、今は、一生懸命、霊的な世界に心を閉ざしていて、崇高な波動の気を感じる余裕がないことも確かです。
 でも、いつか、木下先生が日記で仰っていらっしゃる意識の広がり、幸せの感覚を体験したいです。
 そうなれたら、どんな時も心が喜びに溢れ幸せにいられると思うので。

 それから、私が今世でやろうとしている非常に大きなことは、私にはまだ分かっていないみたいです。
 これから少しずつ考えていきたいと思います。

 長いメールになりごめんなさい。
 ありがとうございました。


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